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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)810号 判決 1962年10月31日

判   決

原告

中村伸銅株式会社

右代表者代表取締役

中村実

右訴訟代理人弁護士

本渡乾夫

被告

篠塚福蔵

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木

右当事者間の昭和三三年(ワ)第八一〇号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金四八八、九五四円及びこれに対する昭和三三年二月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときはその勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、〇二七、九八八円及びこれに対する昭和三三年二月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、「原告は、銅製品の卸販売を業とする会社、訴外昭和金属工業株式会社(以下「訴外会社」という)は、銅鉄等金属製品の製造販売を業とする会社である。

ところで、訴外会社は、もと、その商号を葵商工株式会社(以下「葵商工」という)と称し、被告が代表取締役として経営していたところ、昭和三二年初頃までに数百万円の負債が生じ、債務の支払が困難になつたので、同年二月六日商号を現商号に変更するとともに被告において代表取締役の地位を形式上訴外長尾繁義に譲つたうえ取締役に就任し、表面上、葵商工と別会社を装つて債権者の目を欺き、もつて、債務の支払を免れつつ営業を続行していた会社であつて、元来資産は皆無であり、支払能力もなかつた。

しかるところ、被告は、訴外会社が右のごとく倒産寸前にあり、ひいては、他から製品加工用の原材料を掛買してもその代金を支払う成算がないことを知悉しながら、訴外会社の取締役として、訴外会社の行なう原材料取引により黄銅板を掛買し、これをそのまま金属屑物商人に投売して現金を入手しようと企て、右投売換金の意図を故意に秘したうえ原告に対し、製品加工用の原材料の買付であつて代金支払の意思も能力も十分あるかのごとく装つて訴外会社のために黄銅板の購入申込をなし、原告をしてその旨錯誤に陥らせ、よつて、原告から売買名下に、同年六月一〇日金三一四、五七七円、同月一四日金一〇一、八一六円、同月二〇日金四〇、〇六八円、同月二二日金九一、〇五四円、同月二八日金一四一、三七三円、同年七月三日金二六一、九二一円、同月九日金一七二、三六七円、同月三〇日金五四、六六六円、都合八回、金額合計金一、一七七、八四二円相当の黄銅板の引渡を受けてこれを詐取し、これを直ちに金属屑物商を営む前田敬徳に対し、金属屑として仕入価額の四割安の廉価で投売換金した。(なお、被告は、同年秋頃自己の住宅を購入した際、右売得金をもつてその代金に充当したもののごとくであつて、この点からも、右詐欺の事実を推測できるのである。)

かくて、被告は、訴外会社の機関としてではあつたが、結局、原告から合計金一、一七七、八四二円相当の黄銅板を詐取し、もつて、原告に対し右代金相当額の損害を与えたものであるから、原告は、被告個人に対し、不法行為に基く損害賠償として、右損害のうち金一、〇二七、九八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三三年二月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

かりに、被告が原告から黄銅板を詐取したという右主張が容れられないとしても、右買付にかかる黄銅板は、真鋳プレート加工用の原材料であつたのであるから、訴外会社の取締役たる被告は、これに正規の加工を施し、真鋳プレートにしたうえ販売し、もつて、訴外会社に利益をもたらすよう努力すべき職務上の義務を負うていたものである。しかるにもかかわらず、被告は、故意または少なくとも重大な過失により右職務上の義務を懈怠し、先に述べたとおり、右購入にかかる黄銅板を製品に加工することなく、そのまま直ちに金属屑として仕入価額を大巾に下回る廉価で投売し、訴外会社に対し殊更に損失を及ぼすがごとき所為に出た。しかして、訴外会社は、被告の右投売処分により損失を蒙り、遂には倒産するに至つたが、原告は、訴外会社の右倒産により、売掛代金の回収が不可能になり、前記売掛代金一、一七七、八四二円相当額の損害を蒙つた。

かくて、被告は、訴外会社の取締役として、会社の職務を行なうにつき、故意または重大な過失により原告に対し右損害を与えたものであるから、原告は、被告に対し、予備的に商法第二六六条三の規定に基づく損害賠償として、右損害のうち金一、〇二七、九八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三三年二月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」

と陳述し、

立証(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中、原告及び訴外会社が原告主張のとおりの会社であり、かねて、両者の間に黄銅板取引のあつたことは認めるが、訴外会社が倒産寸前の支払能力のない会社であり、被告が原告からその主張のごとく、黄銅板を詐取したこと、被告が訴外会社の職務を行なうにつき故意または重大な過失により職務上の義務を懈怠し、もつて、原告に対し損害を蒙らしめたことは否認する。

訴外会社と原告との間に行なわれた黄銅板取引及び訴外会社のなした黄銅板の売却換金処分は訴外会社の代表取締役たる長尾繁義が担当したのであつて、被告はこれに何等の関与もしていない。

すなわち、長尾は、昭和三一年一一月頃昭和電業社たる商号を用いて銅鉄等金属製品の製造販売業を営む個人商店を起こし、原告との間に取引関係を結ぶに至つたが、その後、被告から、以前被告が代表取締役として経営したが、当時営業を廃止していた葵商工を買収し、昭和三二年二月六日その商号を訴外会社の現商号に変更するとともに自ら代表取締役に就任し、昭和電業社の営業一切をそのまま訴外会社において承継し、引き続き原告との間に取引を行なつていた。しかして、被告は、その間長尾に雇われ、訴外会社の発足に当たつては取締役に就任したが、右は名目上のことで、従前どおり長尾の指揮監督のもとに社務を執つていたにすぎず、原告との間の原材料取引及び原材料の売却換金処分等はすべて訴外会社経営の実権を握つていた長尾において独断専行し、被告においてこれに関与する余地はなかつたのである。

仮りに、被告が、原告との間の黄銅板取引ないし黄銅板の売却換金処分に関与したと認められたとしても、訴外会社と原告との間の黄銅板取引は、先にも述べたとおり、既に昭和電業社時代に始まり、これより通算すれば、取引金額は合計金九百万円以上に及んでいるのであるが、今回の不祥事が生ずるまでは何等の問題なく、債務はすべて誠実に履行され、本件取引についてもまたそうなる筈であつた。しかるところ、たまたま、昭和三二年七月頃以降訴外会社の主要な取引先たる巴製作所、川上電気が相次いで倒産し、金額合計金百万円以上の受取手形が不渡になり、売掛代金の回収が不可能になつたため、原告に対する買掛代金の支払にも支障を来したまでであつて、取引の当初から代金支払の意思或は能力がなかつたわけではないのである。

もつとも、原告から購入した黄銅板のうち極く一部が製品に加工されることなく、そのまま担保に供され、或は市価の一割ないし二割安で売却され、現金調達の用に供されたことがあるが、訴外会社のごとく資金繰の苦しい中小企業にあつては、支払手形の決済等急場の資金需要に迫られた場合、市井の金融業者から高利で融資を受けるよりもとりあえず在庫の原材料を処分し、これによつて得られた現金をもつて一時しのぎをする方がはるかに有利であることに鑑み、巷間しばしばこの手段が用いられているが、訴外会社の右売却処分もこの例に洩れず、手形決済資金を調達するため偶発的に行なわれたものであつて、原告主張の詐欺行為とは何のかかわりもない事柄である。(なお、被告において原告主張の頃住宅を購入したことがあるが、右代金は知人からの借入金をもつて支払つたもので、黄銅板の売却代金をもつてこれに充当したものではない。)

また、原告は、右売却換金処分をもつて会社取締役の職務懈怠なりと主張するが、右処分は、既に述べたとおり、手形決済資金を調達するためになされたものであるところ、訴外会社の当時の実情よりすれば、かかる手段を講じて手形決済資金を調達しなければ、不渡手形を出し、たちどころに倒産し、回復不能の損害を蒙ること必至の事態にあつたのである。しかも、右売却処分は、現金調達の手段としても、市井の金融業者から高利で融資を受けるよりはるかに有利であつたのみならず、売却処分による損失もせいぜい仕入価額の一割ないし二割程度であつて、右程度の損失ならば、会社において営業を継続している限り、将来挙ぐべき利益をもつて容易にこれを償い得るものであつた。従つて、右売却換金処分をもつて、取締役が会社の職務を行なうにつき故意または重大な過失により職務上の義務を懈怠した場合に該当するというのは当たらない。」

と述べ、

立証(省略)

理由

原告及び訴外会社が原告主張のとおりの会社であり、かねて、両者の間に黄銅板の売買取引のあつたことは当事者間に争がなく、(証拠―省略)を綜合すれば、「訴外会社は、原告から、その主張のごとく昭和三二年六月一〇日以降同年七月三〇日までの間前後八回にわたり金額合計金一、一七七、八四一円相当の黄銅板を買付けて、その引渡を受けた」ことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、(証拠―省略)を綜合すれば、次のような事実が認められる。

「訴外会社は、銅鉄等金属製品の製造販売を業とする会社であるとはいいながら、賃借中の事務所があるのみで、工場機械等の生産設備を保有せず、かつ、格別の運転資金の蓄積もなかつた。

そこで、訴外会社の営業は、原告から製品加工用の原材料を買付け、これを下請業者に提供して真鋳プレートに加工させ、加工費を支払つて製品を回収し、これを製品問屋に納入する方法により行なわれ、かつ、右一連の取引の決済は満期日数十日後の約束手形をもつてなされていた。

ところで、訴外会社は、昭和三二年五月頃に至り、経済界の不況に会い、生産が低下して利潤は頓に減少し、加えて、製品問屋に対する売掛代金の回収もとかく渋滞するに及び、原告に対する買掛金代金ないし下請業者に対する加工費等の支払にあてるため振出されていた手形の決済資金にも事欠く事態が発生した。

かくて、訴外会社においては、満期日到来の手形決済資金を捻出するため、止むなく、製品の加工にあてるべき原材料を処分して現金を入手するの非常手段に訴えなければならなくなり、その頃から真鋳プレート加工用の原材料として原告から購入した黄銅板を金属屑物商を営む前田光男方に持参し、これを最初の一、二回は担保に供し、その後の四、五回は市価の一割五分ないし二割安の廉価で投売したうえ合計金百四、五十万円位の現金を調達し、これをもつて逐次手形の決済資金等に充当し、辛じてその場を切り抜けていた。

しかしながら、訴外会社の業績は一向好転せず、その経理内容は時とともに悪化し、同年八月末頃以降主要な取引先であつた巴製作所、川上電気が相次いで倒産し、合計金七、八十万円位の売掛代金の回収が不可能となつたのを契機として、遂に、同年一〇月二〇日頃倒産状態に陥り、合計金百四、五十万円位の債務を負つたまま支払能力を完全に喪失した」ことが認められるのであつて、右認定の事実よりすれば、訴外会社は、昭和三二年五月末頃には既に債務超過に陥り、かつ、生産も微々たるものとなつて利潤も少なく、既存債務の支払に追われるままに、その頃以降原告から買付けた黄銅板の殆んどすべてを製品の加工にまわさず、専ら資金繰のために投売換金し、辛じて営業を存続していたもので、経理内容は相当悪化していたものと認めるに難くないのであるが、他方、訴外会社においては、とにもかくにも、未だ営業を停止しておらず、売掛代金を回収して逐次原告に対する買掛代金の支払をして行く余地が全くなかつたわけでもないことが、前認定の事実から推認され、また、現に、前記(証拠―省略)を綜合すれば、「訴外会社の原告に対する買掛代金支払の状況は、別紙一覧表記載のとおりの経過であり、その未払代金は最終金七六九、九八八円である」ことが認められ(中略)、この事実よりすれば、訴外会社は、昭和三二年六月一四日取引分までの代金支払をほぼ了していることになるから、訴外会社が、原告主張のごとく、昭和三二年六月一〇日以降同年七月三〇日までの間の前後八回にわたる金額合計金一、一七七、八四二円相当の黄銅板取引全部につき、当初から代金支払の意思或は能力を有していなかつたものとは速断できないのである。

しかしながら、右認定の投売処分の経過を仔細に検討してみると

「訴外会社は、当初のうちこそ、原告から、真鋳プレート加工用の原材料にあてる目的で購入し、既に、在庫となつていた黄銅板を一時的に投売換金し、手形決済資金等に充当していたが、資金繰は一向好転する兆がなかつたので、右投売処分は漸次慢性化して行つた。

しかして、訴外会社にあつては、遅くとも昭和三二年七月に入ると、最早原告から購入する黄銅板は、これを製品の加工にまわさず、専ら資金繰のため投売換金する計画にありながら、これを黙秘したうえ原告に対し、従前同様製品加工用の原材料の買付をなすものであるかのごとく装つて、黄銅板の掛売を申込み、これに対し、当時既に訴外会社に対する売掛代金の回収につき困難を感じていた原告が売掛代金の増大をおそれ、掛売を躊躇するや、掛売に応じない以上未払代金の支払をしないかのごとき素振さえ示した。

そこで、未払代金の回収を焦つた原告は、訴外会社の右投売の計画に気づかないままに、未払代金の支払と引換にこれに見合う程度の黄銅板を、詳言すれば、同年七月三日金二六一、九二一円、同月九日金一七二、三六七円、同月三〇日金五四、六六六円、都合三回金額合計金四八八、九五四円相当の黄銅板を掛売するに至つた。」

ことを(証拠―省略)に弁論の全趣旨を綜合して認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかりしかして、商人間の売買取引において、売主が製品加工用の原材料を掛売する場合、もし、買主において、これに正規の加工を施して製品とすることなく、そのまま直ちに資金繰のため仕入価額を下回る廉価で投売換金する計画にあることを予め知つていたならば、事情の如何を問わず、右買主には最早買掛代金を支払う能力がなく、ひいては、後日右売掛代金の回収が不可能になるものと判断して直ちに掛売を中止し、損害の発生を防止する措置に出ずることはけだし取引における常道であるから、前認定のごとく、既に経理内容の悪化していた訴外会社において、投売換金の計画を黙秘し、原告から昭和三二年七月中三回にわたり合計金四八八、九五四円相当の黄銅板を掛買した所為は、代金支払の能力がないにもかかわらず原告をしてこれがある旨錯誤に陥らしめたうえ右黄銅板の掛売をなさしめたものとして、訴外会社の右取引関与者につき詐欺が成立すると解するのを相当とする。

(なお、被告が原告主張の頃住宅を購入したことは被告の認めて争わないところであるが、右代金が、原告主張のごとく黄銅板の売却によつて調達された現金でもつて支払われたと認めるに足る証拠はないから、被告の住宅購入の事実をもつて詐欺の意思の存在を推認する資料とはなし難い。)

そこで、ひるがえつて、本件詐欺の主体について考えてみると、(証拠―省略)に弁論の全趣旨を綜合すれば、

「訴外会社と原告との間の黄銅板取引は、訴外会社の代表取締役たる長尾繁義がその事務を担当していたのであるが、元来、訴外会社は、昭和三二年二月六日被告及び長尾両名が共同して昭和三一年一一月頃起こした個人商店たる昭和電業社の営業を承継したうえ発足した会社であり、右両名の共同経営にかかるものであつたところ、被告は、長年金属製品の製造販売等に従事し、その前の事情にも明るかつたので、この種の事業の経験に乏しかつた長尾に比し、勢い会社内部において主導的な地位を占め、役職名は、取締役に過ぎなかつたが、訴外会社の原材料調達ないし運転資金の調達等に万事関与して計画を樹立し、代表取締役たる長尾は、右計画に従つて対外的な事務折衝を担当し、もつて被告に協力する関係にあつた」

ことが認められ、右認定の事実よりすれば、被告も訴外会社と原告との間の黄銅板取引にたいし訴外会社の黄銅板投売処分に関与したものであり、ひいては、被告は本件詐欺に加功した者であるというに何の妨げもない。(証拠―省略)のうち、右認定に反する部分は、いずれも右認定に照らしにわかに措信し難く、他に、右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすれば、被告は、本件詐欺により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務あるところ、原告は、訴外会社の倒産により前記金額合計金四八八、九五四円相当の黄銅板の代金を回収することができず、かつ、右黄銅板は既に金属屑物商人に投売され、原告においてこれが返還を受けることもできない事態に立ち至つていること既に認定したところから明らかであるから、原告が被告の前記不法行為によつて蒙つた損害は、右黄銅板の売買代金相当額たる金四八八、九五四円であるといわなければならない。

以上の次第で、原告の右詐欺の主張は、これを全部認容できないから、次に、原告の予備的主張について判断する。

さて、訴外会社の取締役たる被告が、訴外会社において昭和三二年五月下旬頃以降原告から購入した黄銅板の殆んどすべてを、これを正規の加工を施して真鋳プレートにすることなく、そのまま金属屑物商人に対し担保に供し、或は、市価の一割五分ないし二割安の廉価で投売したこと、訴外会社が昭和三二年一〇月二〇日頃倒産状態に陥り、支払能力を喪失した結果、原告が訴外会社に対する売掛代金七六九、九八八円の回収をすることができなくなつたことはいずれも既に認定したとおりであり、また、右のごとき投売処分等の結果、訴外会社が損害(前認定の投売等による取得金額から推算すれば全三十万円前後と考えられる)を蒙るに至つたことは右事実に徴し明らかであるが、他方、右投売処分は、既に認定したところによれば、もともと運転資金の蓄積のなかつた訴外会社において、不況のため利潤が挙らず、これに加えて売掛代金の回収も意のごとくならず、手形決済資金等急場の資金需要に迫られてこれを敢行したものであるところ、(証拠―省略)に弁論の全趣旨を綜合すれば、「もし、かかる場合、手形決済資金を確保しなければ、訴外会社は不渡手形を出し、たちどころに倒産するに至る事態にあつたので、訴外会社経営の任に当たつている被告としては、訴外会社の存在をはかるため右手形決済資金の捻出に迫られ、このため、他に適当な金策手段が見当たらないままに止むなく黄銅板の投売を行なつたのであり、しかも、右投売処分によつて現金を調達することにより蒙つた損害は、市井の金融業者から無担保で融資を受ける場合の高金利負担による損失に比し、必ずしも大ではなかつた」ことが認められ、結局、被告のなした右投売処分は、当時の訴外会社の状態からすれば、或程度止むを得ないものであつて、これをもつて、直ちに、被告が訴外会社の職務を行なうにつき故意または重大な過失により職務上の義務を懈怠したものとは認め難い。しかのみならず、訴外会社倒産の直接契機は、既に認定したごとく、その取引先の倒産によつて売掛代金の回収が不可能となり、資金繰がつかなくなつたことに存するのであつて、右投売処分の結果によるものと認めるに足る証拠はなく、ひいては、原告の蒙つた損害と被告のなした右投売処分との間には因果関係もないといわなければならぬ。しかして、他に、右認定を覆して原告主張のごとく、被告において職務上の義務を懈怠し原告に対し損害を及ぼしたと認めるに足る証拠はない。

はたしてしからば、原告の右予備的主張は採用するに由ないものである。

以上の次第で、原告の本訴請求中不法行為に基づく損害賠償として金四八八、九五四円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和三三年二月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その余の部分は失当として棄却せらるべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一四部

裁判官 小 酒   禮

(別表省略)

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